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【介護主任・原田 かおりさん】(写真右)
ご恩のバトンをつなぐ介護福祉士
私は介護の仕事を始めて、今年で19年目です。
介護の仕事を始めたきっかけは、昔からお年寄りが好きだったことにあります。
お年寄りと接すると、不思議と安心感があり、
「何かお手伝いしてあげたいな」
という気持ちが芽生えてきて、介護の世界に進むことを決めました。
ご入居者様と接するなかで、私自身もたくさんのことを教えていただいています。
ご入居者様は、私にとって人生の先輩であり、尊敬する憧れの存在です。
仕事をしていると、ご入居者様から
「こうやって過ごしていたね」
とお声をかけていただくことがあり、よく見てくださっているなと感動しています。
私も、周りのことに気を配れるような人でありたい。
さりげなく、周りに気を遣えるような人になりたいと思うのです。
そう心がけるようになってから、ご入居者様のちょっとした変化や、好みに気付けるようになりました。
ご入居者様にとって、特にリフレッシュできる入浴介助には、こだわりがあり、お一人おひとりの好みに合わせて、髪を洗う力加減や背中を洗う強さを変えています。
先日、ご入居者様から
「あなたに洗ってもらうと気持ちいいよ」
と言っていただけたことが、お役に立てたと実感できてうれしかったです。
私はこれまで、お年寄りから多くの優しさを受け取ってきたと感じています。
だから今度は、私がその優しさを周りへとお返ししていきたいのです。
まだ未熟ではありますが、私は今年から主任になりました。
それぞれの個性やこだわりも大切にしながら、その時々の目標に向かって、みんなで力を合わせていける『よりよいチーム』になっていきたいと考えています。
「ここで過ごしてよかった」
と、ご入居者様にそう思っていただけるよう、スタッフ一丸となって、快適な毎日をお届けしたいです。
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ワンちゃんとの散歩中、椅子を用意して、ご入居者様と談笑する原田さん。
ご入居者様も原田さんも、とても楽しそうな様子でした!
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【介護副主任・イシップ ジュリー アン デ ジュアンさん】(写真左)
フィリピンから来日した、元気っ子!
フィリピンから日本へ来て、今年で7年目です。
介護の世界へ入ってからも、7年目になりました。
日本に来た理由は、日本の文化や景色に憧れていたからです。
日本に住んでいる叔母から、桜をはじめとした自然の美しさや、フィリピンにはない『四季』の素晴らしさを聞いていました。
叔母の住む部屋から撮られた風景の写真や、映画で見る日本の景色のなかで暮らしてみたいと思ったのです。
その当時、私はフィリピンの大学を卒業後、フィリピンの小学校で1年間、教師をしていました。
日本で仕事をしながら暮らすには、日本語の勉強や試験が必要だと分かり、フィリピンで1年間、日本語学校に通いました。
試験に合格し、介護の技能実習生として日本へ渡ったのです。
日本に来て1ヶ月は、千葉県で介護の仕事を教わりながら、日本語を勉強しました。
8月だったので、とても暑くてフィリピンと似ていると感じたことを今でも覚えています。
しかし秋になり、冬が近づいてくると、
「え!?こんなに寒いの?」
と、とても驚きました。
日本とフィリピンは、気候も違えば言語も違います。
特に、日本語の習得が難しかったです。
おじいさんとおばあさんでは話し方も違っていたし、聞きなれない『方言』にも戸惑いました。
何をお願いされているのか聞き取れないこともあり、帰宅後に、どうすればいいのか悩み、毎日のように泣いていたことも…。
しかし、困った時は先輩たちが助けてくれたり、教えてくれたりと手厚くサポートしてくださったので、次第に泣くことも減りました。
経験を重ねるにつれて、できることが少しずつ増えたことや、日本語も分かるようになってきたおかげで、嬉しく感じることが増えています。
ご入居者様やスタッフたちから「ありがとう」の言葉をいただけると、『よく頑張った・ちゃんとできた』と思えて、もっと頑張ろうという前向きな気分になります。
フィリピンに住んでいる家族と離れていることを、寂しいと感じることもありました。
でも今は、テレビ電話で話すことができているので、以前ほど寂しくはありません。
フィリピンは大切な場所ですが、日本も私にとって大切な場所です。
今は実務者研修を受けながら、来年の介護福祉士国家試験に向けて勉強中です。
できればこの先もずっと日本で暮らしながら、ご入居者様たちのサポートを続けていきたいと思っています。
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車椅子のご入居者様と、お散歩中のジュリーさん。
「体調はいかがですか?」と様子を伺いながら、お外に出かけます。
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